上橋菜穂子さんの『鹿の王』を読みました

上橋菜穂子さんの『鹿の王』をAudibleで聴きました。全4巻かからなる長編小説です。

この小説は「医療サスペンス」として紹介されています。ただ、これは僕の読み込みが足りないのですけれど、複数出てくる国名、部族名などの固有名詞や相互関係の把握が追い付かず、やや話に置いてけぼりになってしまいました。人物の相関図や地図を用意して読むことをお勧めします。映像化もされているようなので観てみようかな。

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(相関図を作った方がおられました。参考にさせていただきます。) www.pixiv.net


個人的に興味深いと感じた点は、スピリチュアルな観点と科学的な観点の両方から世界観を作り出しているところでした。

前者は主に狩猟採集民に多く見られるアニミズム的価値観です。自然のあらゆる構成要素には神と意志が宿るという日本人にも馴染みのある価値観です。『もののけ姫』や『ゴールデンカムイ』などの作品に通底する価値観だと思います。自然界の多くの動物の身体能力は人類のそれを上回っているので、狩猟採集民は自らの身体的優位性を感じる機会がほぼない。その中で人々が自然界に畏怖の念を抱くことは想像に難くない。したがって狩猟採集民は自然界の声を聴きながら、自然に寄り添って生きる術と価値観を発達させます。

一方で科学は自然を制御可能な対象と見るところがあります。大規模農業や治水工事も含めれば、科学は自然の姿を大きく変えてしまいます。その代わり人類は圧倒的な力と繁栄を手に入れました。動物たちは信仰の対象から、使役の対象に格下げされ、最終的には単なる資産になりました。人類はどこまで尊大にふるまえるのか?科学が自然に与えた圧力のしっぺ返しはあるのか。。。?

僕はこの小説を「アニミズム的科学」の提案と受けとりました。自然に畏怖の念を抱きながら科学を実践すれば、人類は最も繁栄する可能性があると。優秀な医師であるホッサルは、医術を梃に世間を渡り歩く一方で、決して病を甘く見ないという謙虚さを備えた人物として描かれます。「人類がどんなに知識をつけようとも、自然界には人類に開示されてない情報が必ず存在する」という畏怖の念はそのままアニミズムに通ずる価値観だと思います。こんな「アニミズム的科学」の実践者であるホッサルは、スピリチュアルと科学という一見相反する価値観の懸け橋として機能したのでした。だからこそヴァンとの接触が人類全体にとって前向きに作用したのだと思いました。

「環境破壊」や「化学の暴走」などのテーマに関心のある方には興味深く読める作品だと思います。Audibleでは2か月無料キャンペーン中です。未読の方はこの機会にぜひ読んで(聴いて)みてはいかがでしょうか。